2018年04月05日

小さな援助が

私たちは何かの問題を抱えた時にどうしても決定的な解決方法を求めてしまう所があります。速やかにスッキリ解決する方法があれば言うこと無いのですが、でもそういう解決策が見つからない課題が人生にはたくさんあるのではないでしょうか。そういう時に、決定的では無い小さな手掛かりを丁寧に拾い集めることの大切さがあります。

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ある方が「子どもの時に一番印象に残っている先生は誰か」と問われて、私の友人の元教員の方を思い出されたそうです。その先生はその方の担任を受け持ったこともなく、授業もほとんど担当したことが無かったようです。けれどもたくさんの先生の中でその先生が一番印象に残っているとのこと。ステキな話しです。

私たちはしばしば関われる時間や機会の少なさを言い訳にしてしまいます。例えば担任の先生が問題だと思うと、その先生から離れない限り問題が解決しないと考えたり、何かの課題につまづいているとその問題を解決できるだけのスケールをもった対策が無ければダメだと考えてしまう。お茶を濁すようなちょっとした援助・サポートを軽んじてしまうのです。
けれども自分自身の過去に対する記憶を辿るとどうでしょうか。長い時間関わった人、長い時間過ごした場所が印象に残り、短い時間の記憶は薄い、ということでもないと思うのです。
先ほどのエピソードのように、毎日一緒に過ごした担任の先生よりも、ちょっとした関わりしかなかった先生が印象深い・影響を受けたということがあるでしょう。見ず知らずの人のたった一言が自分の人生に大きな影響を及ぼすこと、逆に大量の言葉をもらっても何も残っていないということもあるのです。

川奈聖書教会では様々な地域の子どもたちに向けた支援・応援活動をしています。毎週月曜日に行っている「教会塾いっしょ」、毎月第二金曜日に開催している「子育てともとも」、これから月に一度子ども食堂をはじめたいとも思っています。もしかして「週に一度、月に一度」それでは意味が無いと思う方もいらっしゃるかもしれません。
「週に2・3度教会塾ができたら」「毎週子育て支援の取り組みができたら」とももちろん思うのですが、教会の規模や力を考えるとオーバーワークは目に見えています。子どもたちが抱えている問題・課題、必要としている応援。子育ての難しい時代の中で親子さんが求めている休息や支援を考えた時に、私たちの教会が提供していることは本当に小さく解決にはならない取り組みかもしれません。
けれども週にたった一回・月に一回の応援、その一回に心を込めて祈りを込めて行う時に、毎日に勝る特別な一回として、応援・支援・休息を必要としている方々の力になる、神様はそういう風に用いてくださることを私たちは信じています。

あなたの辛い・重たい問題がきれいさっぱり解決する方策は簡単には見つからないかもしれません。だからと言って小さな良いものを軽んじないでください。小さな小さな種が、思いがけず大きく育つことがあるのが人生です。
少しでいいのです。良い機会・良い人・良い場所・良い援助を受けてみてください。続けてみてください。大きな問題に小さな、しかし確かな風穴が開くかもしれない。

私たちの教会も小さな働きですが掛け替えのないあなたの人生を精一杯応援しています。気軽に連絡ください。
【教会塾いっしょ】毎週月曜日16時から18時、小中学生対象
【子育てともともリトミック】(子育て支援) 毎月第二金曜日午前10時から12時、主に未就園児対象

posted by pastoryama at 12:52| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月29日

問題を抱えながら生きること

生きていると様々な問題が起こるものです。牧師という職業柄、問題を抱えた方の相談を受けることが割と多くあります。相談するということは問題の解決を期待してお話しくださるわけですが、多くの場合、解決に繋がる具体的なアドバイスは中々見つからないのが現実です。

人間関係の問題、健康の問題、家庭・家族の問題、経済的な問題、皆さんの相談をお伺いする中で人生には本当に多くの問題があることに驚きます。実際私たちの人生の大部分にはこれらの何がしかの問題が常について回るものです。「あの問題が解決すれば」と思い悩んでいた課題がようやく解決したとして、しかしあっという間に新たな問題が生じるのが人生。
そうすると、もし仮に「問題を抱えている時には生活を楽しめない」とか、「問題の渦中では人生の喜びが感じられない」ということであれば、その人の人生の時間の大半は喜びの無いものになってしまうでしょう。

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私は犬好き。。。

猫好きで多頭飼いをしている友人が「1匹の猫が調子が悪くて辛そうにしている様子を見ていると自分も辛くてたまらない。でもそんな時に、ほかの猫たちの元気な姿に癒される」というようなことをおっしゃっていました。
もしかして薄情な言葉に感じられる方もいらっしゃるかもしれませんが、私はこれはとても大切なセンスだと思います。何かの問題の渦中にあると喜びも幸せも全てが感じられなくなってしまう、それでは人生の大切な時間の多くを無駄にしてしまいます。

大切なことは問題解決先行型にならないこと。問題を解決することに執着せず、問題を抱えながら生きる力を身につけることが重要です。
問題解決先行型の人は、一つの問題に意識も感情も集中してしまいます。一日中そのことばかりを考えてしまい、色々な喜びや楽しみが実際にはあるにもかかわらず、そのことによって生活の全てが問題に覆いつくされてしまいます。そうなることで、ますます問題を抱えることがしんどくなってしまったり、問題に対して感情的になってしまいます。

「問題が解決したらスッキリして色々なことが楽しめる」のではありません。問題を抱えながら生きる人生だからこそ、生活の中に喜びや感動が必要なのです。そして神様は問題の渦中においてこそ、恵み・喜びをたくさん用意してくださっているのです。
ですから1匹の猫ちゃんが調子を崩して辛そうな時、他の元気な猫ちゃんの姿を喜んで良いのです。喜ぶことで、調子を崩した猫ちゃんを支えていく力が生まれてくるのです。

私は家庭では基本的に仕事の話しや自分が抱えている問題について話題にしません(話すことが悪いという意味では無くあくまで私のスタイル)。でもそれは「仕事は仕事、家庭は家庭」と割り切っているということではありません。仕事上の様々な問題、また皆さんから相談頂いている色々な問題を、家庭にいる時にも始終考え悩んでいたら、結局私が問題に関わる力・問題を抱える力を失ってしまいます。
ですから「割り切る」ということではなく、自分の抱えている問題、また支えを必要としてくださっている方々の問題に向き合っていくためにも、家庭における恵み・喜びは常に大切にしていなければならないと思っています。

「問題の渦中でも、喜びや感動・楽しみはいつも与えられている」、このことが分かってくると、問題解決先行型の生き方から問題包容型の生き方に転向できるのではないでしょうか。
あなたのたった一度の人生を応援している川奈聖書教会 牧師の山口です!

posted by pastoryama at 17:26| Comment(3) | TrackBack(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

失敗を繰り返す人、失敗から成長できる人

聖書の中でイエス様が「口から出て来るものは、心から出て来る」と教えてくださいました。
私たちが生活の中で何か思いがけない失言をした時に「心にも無い事を言ってしまい...」などと言い訳をすることがあります。けれどもどうでしょうか。心にも無いことが突発的に口から出てくるのではありません。イエス様がおっしゃるとおり、普段隠している心の中の思いが何かの拍子に飛び出してしまうのです。

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恒例の川奈聖書教会チャペルコンサート、6月17日に開催です!フルート奏者、菅井春恵さんをお迎えします。ぜひぜひ足をお運びください。

生きていれば手痛い失敗は誰でもするものです。失敗からしか学べないことがたくさんあります。私もこれまでたくさん失敗をして、戒めていただき、許していただき、何とかここまで歩んでくることができました。そういう経験を通して段々注意力を身につけていくものですが、それでも失敗しやすいパターンというのはそれぞれにあるものです。言葉で失敗する人、感情的になって失敗する人、突っ走って失敗する人、色々です。
自分でも注意しているつもりなのですが、分かっていても失敗してしまう私たちの現実の中で、その失敗をどのように受け止めるのかが重要です。

例えば言葉で失敗した時に「心にも無いことを」と、うっかりミスや突発的な失敗と捉えて“これからはもっと注意深くすれば”と受け止めるなら恐らくその人はまた同じ失敗を犯すでしょう。失敗というのは心にあるものが出てきて起こるのです。失敗の原因となる要素がその人の内側にある以上、注意力では防ぎきれません。
ですから失敗した時に「思いがけず」と誤魔化すのではなく、犯した失敗を通して抱えている問題を直視し、原因となっている場所を手当てしていかなければ人間は何度でも同じ失敗を繰り返してしまうのです。

一例ですが、例えば失言の多い人というのは思想の問題もあるでしょうが、その場その場で相手に取り入ろうと過剰に喜ばせようとして言わなくて良いことまで言ってしまう、つまり相手に良く思われたいという思い。逆に言うと、このままの自分ではダメだという自己否定感の問題を抱えている可能性があります。
感情的になって失敗する人というのは、自分の思い通りに物事が進まない時に感情によって自分の望む結果を得ようとしてしまう。これは、子ども時代に怒ったり駄々をこねたり感情を表すことで親を思い通りに動かせた経験の多い人。また逆に、親が非常に感情的で理屈ではなく感情で従わされる経験が多かった方。そういう所からの問題を抱えていることも考えられます。

いずれにしても、放っておけばどんなに気をつけても同じ失敗を繰り返してしまいます。逆に繰り返しやすい失敗を通して、自分の抱えている問題や痛みに気が付くこともできるのです。
「心にもないことを」と誤魔化さず、心から出てきた言葉として向き合っていくと、失敗を通して私たちは成長することができるのです。

posted by pastoryama at 10:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする