2013年11月11日

伝えたいことを上手に伝える方法

「あの人にどうしてもこのことを伝えたい」「このことをどうしても分かって欲しい」、そういうことってありますよね。でも、大事なことに限って中々思いが相手に伝わらないことが多いものです。
逆に、自分が言っても反発されるばかりなのに、あの人が言うと皆がスッと受け入れる。なんでだろう??、そんな経験もあるかもしれません。

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写真は本文と関係ありません。美味しいクレープ屋さんです(*^_^*)

私たちが陥りやすい失敗は、「どうしてもこのことを分かって欲しい」と強く願うからこそ、ついつい余計なことまで言ってしまうことです。
例えば誰かの言動が気になって仕方がないとします。そうすると、自分がその人のせいでどんなに嫌な思いをしているか、相手の行為に対する嫌悪感を現すために口汚く相手を罵る言葉を加えたり、その人の人格を否定するような言葉を付録的に口にしてしまうのです。

けれども会話においてそれはマイナスにしか働きません。
相手に自分の不快感情を伝えるために「あなたのせいで私はこんな嫌な思いをした。 あなたみたいな人間はこの先何をやっても上手くいかないダメな人間だ」、このように伝えたらどうでしょうか。
話し手は、後半の「〜ダメな人間だ」という言葉を加えることで、自分がどんなに嫌な思いをしているかを強調して伝えようとしたのです。
あくまでも理解して欲しいのは「あなたのせいで嫌な思いをした」ということです。
しかし、聞き手にとっては後半のきつい言葉があるために、前半の「私はあなたの○○によって嫌な思いをした」という話しの本題が頭に入りません。「あなたは何をしても上手くいかないダメな人間」と言われた言葉にだけ関心が集中し、感情的になるでしょう。
そうすると、話し手が伝えたかったことの中心はまったく理解されず、ドンドン会話は感情的になっていきます。

どうしても伝えたいことがある。分かってもらわなければいけないことがある。そういう会話においてこそ、自分の思いを強調する為に感情的な言葉を使わない注意が必要ですです。
一番効果的なのは「あの時、私はこんな思いをした」と事実だけをそのまま伝えること。これが一番印象に残り、また理解してもらえる可能性の高い言葉の使い方です。

そしてまた立場を替えて考えると、相手の感情的な言葉や自分を否定する酷い言葉を浴びせられた時に、即座に反撃していくのではなくて、「この人がこのような言葉を使いながら強調しようとしている話しの中心は何だろうか」、冷静に話しの中心を探り当てていけると、感情的な話し手の心を落ち着かせることが出来るものです。

関係が密接になればなるほど、伝えたい思いが大きくなって、伝え方も必死に・感情的になりがちです。
でもそうやって感情的に伝えた言葉では、自分が本当に伝えたい内容はかえって相手に伝わらず、付録的な非難の言葉だけが残ってしまいます。

本当に伝えたい、伝えなければいけないものだからこそ、汚い言葉・感情的な言葉は持ち出さないこと。
そして感情的な言葉を直ぐ真に受けず、そのような言葉を使いながら相手が伝えたいと願っている事柄の中心を見抜いていく。
こんなことが身についてくると、会話は段々スムーズになっていくものです。

皆さんの日常の中にある様々な問題、一緒に考え乗り越えていきましょう!
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2013年10月26日

夫は夫、妻は妻、子は子、義父母は義父母、、、

中々ピンと来ない話しかもしれませんが、私がご相談を受ける中でしばしば問題の原因になっていると思える事柄について今日は簡単にまとめてみたいと思います。

赤ちゃんとお母さんは出産後10カ月くらいまでの間、母子一体感と呼ばれる非常に密接な関係性の中にあります。密接というより二人で一人と言えるような状態です。
例えば赤ちゃんはミルクを貰った時に「ありがとう」と思いませんし、オムツを替えてもらった時に「迷惑掛けるね」と思っていません。当たり前ですが^^;
自分の欲求を満たしてくれて、不快を取り除いてくれて、いつも快適に過ごさせてくれる親の存在を自分の一部と感じているのです。このような母子一体感を体験することは非常に大切で、その後の自立に向かう歩みの土台になっていきます。

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このように自分の要求・必要を無条件に満たしてもらう親子の関係性は重要です。
幼少期における親への甘えや要求が適切に満たされていることによって、自らが親になった時に子どもを適切に受容し育むことができるのです。(もちろん完璧はありません)
もしこのような経験が著しく欠けている場合どのようなことが起こりやすいでしょうか。

自分が大人になった時、親になった時、パートナーや子どもに対して自分が幼少期にもらえなかった満たしを求めやすいのです。
親にしてもらった行為を子にすることもまぁ簡単なことではありませんが、親にしてもらえなかった行為を子にするというのは本当に大変なことです。多くの場合、子どもの時に親にしてもらえなかった行為を、大人になった時に無意識にですが周囲に求めたくなってしまいます。

難しいことは、幼少期に得られなかったものを大人になって求めてしまう方は、他者が与えてくれるものを「感謝」として認識することが出来ず、周囲の人がしてくれる行為を「当たり前」と受け止めやすいです。一方自分の望むものを与えてもらえないことに対しては過度に敏感になりがちです。
これは正に母子一体感にある子どもの感性そのものです。ただ、ゼロ歳児には許されることですが大人になってのこのような感覚は家族関係・社会生活に致命的な問題を引き起こしてしまいます。

傍から見ると「あの人は良いパートナーに恵まれ、良い家族・友人関係に恵まれ」と思える人が周囲の人への不平不満で一杯ということがあります。
色々なケースがありますが、一つの可能性としてどんなに素晴らしいパートナー・家族・友人関係を得たとしても、その人たちに親の役割を求めるならばその人の要求を満たせる人はどこにも居ないということです。
夫は夫、妻は妻、義父母は義父母、友人は友人、同僚は同僚、子どもは子ども、当たり前のことのようですがしばしば自分の幼少期の欠けを無意識に現在の人間関係に求めて満たされず不満に追い立てられているということがあります。そのような「やってくれて当たり前」という無意識の思い込みが無いでしょうか。

あなたの得られなかった悲しみを満たすことは人には出来ません。私にも出来ません。
ただ神様だけがあなたの悲しみに心底同情し、慰めを与えて下さるお方。求めるべきお方を知る時に、あなたの周囲の方々が与えてくれている物の大きさもまたはっきり見えてくるものです。

牧師とお話ししたい方は連絡下さい。もちろん教会ですから無料です。
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2013年10月20日

その問題、ホントにどうしようもないことですか?

皆さんは「割れ窓理論」(Broken Windows Theory)ってご存知でしょうか。アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングという人が考案した犯罪を抑止するための理論です。
簡単に説明すると、ある建物で割れた窓一枚を放置していると周囲に対して“ここは誰にも注意を払われていない場所”というメッセージを与え、やがて残りの窓も割られていき最後には建物全体が荒れすさむということです。

20年前、今よりも遥かに凶悪犯罪が多発していたニューヨークで当時のジュリアーニ市長が治安回復を選挙公約にして当選し、割れ窓理論のケリングを顧問にしてこれを実践しました。
彼は地下鉄など街中の落書を消すことに始まり、爆竹や騒音、未成年者の喫煙など軽犯罪として放置されていた事柄の抑止に取り組み、その結果、殺人などの重大犯罪の減少に成功したと言われています。

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こういうことって確かに心当たりありますよね。例えば車で走っていて、放り投げられたと思われるゴミが集中しているような場所。あれって正に割れ窓理論の心理が働いているのだと思います。
ゴミの無い場所にゴミを放り投げることは抵抗を感じても、ゴミが無関心に放置されている場所だと抵抗感が和らいでしまうということは人間の心理としてあるでしょう。
マザー・テレサさんが「愛の反対は憎しみではありません。無関心です」とおっしゃいました。無関心の場所に問題は集まってきます。

色々なご相談を受ける中で、「これこれの問題で私は今どうしようもない状況です」と訴えられることがあります。
確かに、相談者の方が抱えている問題はどうにも出来ない深刻な状況である。けれども、そのどうしようもない問題が起こる原因・遠因となっている事柄は、やろうと思えば出来るはずの些細な事柄が放置された結果なのではないかと思えることがあります。

凶悪犯罪を防ぐことは個々人には難しくても、落書きを消すことなら出来ます。落ちているゴミを拾うことは出来ます。
人との関係性も同じです。親子関係・夫婦関係・人間関係に深刻な問題が起こった時にその事柄に対する直接的な解決が困難に思えたとしても、だから無力なのではありません。
声をかける事、関心を持つこと、話しを聴くこと、食事を共にすること、感謝を伝えること、謝ること、時間を共有すること、家に居る時間を増やすこと等など私たちに出来ることはたくさんあるし、出来るのにされていなかったことはたくさんあるのではないでしょうか。

手の届かない重大問題を嘆くよりも、手の届く軽微と思えるしかし関心を向けて来なかった問題を改善していくことの方がずっと有益なのです。
イエス様が教えて下さいました。「小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。」

大きな問題を一人で抱えて悩んでらっしゃるあなた、ご一緒に出来ることが無いか考えてみませんか。
“変えていこう”と思うあなたのその思いを川奈聖書教会は応援します!
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