2014年02月27日

家庭におけるタブーの話し

皆さんが自分の子ども時代を振り返った時、子どもながらに案外色々なことに気付いていた、知っていたということがあるのではないでしょうか。
ご相談を受ける時に割と良くある話しは「実は私が子どもの頃、私の両親は○○のようなことをしていたのです。でもそのことには触れてはいけないことになっていました」みたいなことです。
社会で生きる顔と家庭の中での顔がまったく同じということはありません。
牧師ななどは正にそうですが、教師など社会で模範的であることを期待される職業の方は特に、家庭の内と外でのギャップが大きいということが起こりやすいようです。

社会的に非常に尊敬され理想的な人として見られている方の家庭の中に深い闇があるということはしばしばあることです。
多少外と内でのギャップがあっても、子どもが「家のパパは教会では○○だけど、家では○○だよ(笑)」くらいのことを言えれば良いのですが、「家の父は教会でも家庭でも常に信仰深く完璧です」みたいなことしか言えない、言ってはいけないと育てられているお子さんの内面はどのようなことになるでしょうか。

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“子育てともとも”も相談するのに最適の場所。お子さんを観て下さるスタッフも居ますので気軽に声をかけて下さい。リトミックの本多先生のご指導も素晴らしいですよ(^^)/写真左が本多先生、右は牧師(わたし) ともともは2月28日・3月14日午前10時から。。。

これはタブーの問題です。4人家族であれば4人が家庭の中で確かにそのことを見ているのです。しかし、それは存在しない、無かったことに・見なかったことに・口にしないようにしようと、暗黙の了解が作られていきます。
例えば父親が浮気をしていて、それは家族全員が知っていることであるけれども口にすることが出来なかったとします。良い家庭であることを演じながら、傷ついた家庭を誤魔化して生きるということは子どもにとって大きな負担、ストレスです。
あたかも足に大きな怪我を負っていながら、健康を装い皆と同じように行動し続けているようなことですから。当然どこかでその無理が現れます。

更に、子どもの立場に立って考えてみましょう。
目の前におかしなことが起こっている⇒しかしそれを口にすることは許されず、何事も無いかのように偽って生きることを求められる⇒大きなストレスを抱える

この大きなストレスを抱えているサインはそれぞれの子どもが必ず何がしかの形であらわします。子どもがしまい込み消化してしまう、ということは決してありません。
例えば、身体的・精神的・性的な行為におけるストレスを子どもが受けながら、そのことを拒否したり、訴えたりすることが許されなかったとすると、ごく単純な可能性として、学校などの場で自分が受けている行為と類似する問題行動を起こす可能性が高くなります。
親に叩かれている子どもが、学校で友達を叩いてしまうとか、家庭で目を向けてもらえない子どもが、学校で友達を無視するとか、類似の行動で抱えているストレスを発散しようとするのです。

しかし、それで子どものストレスが解消する訳ではありません。
ある専門家は「すり替え欲求」という言葉を使うのですが、親から受けた暴力を友人を叩くことで解消しようとしたとします。欲求をすり替えたのです。
けれども、すり替えていますから当然真の充足はありません。いやむしろ、すり替えられることで益々ストレスは増幅し、そのすり替え行為が繰り返されエスカレートするようになっていきます。
こうして依存症や嗜癖と言われる問題が生じてきます。

聖書の中に「隠れているもので、あらわにならぬものはなく、秘密にされているもので、知られず、また現れないものはありません。」と書いてあります。
隠すことでは問題は絶対に解決しませんし、やり過ごすことはできません。もし一時的に通り過ぎることが出来たとしたら、その問題は数年後遥かに大きな問題になって帰ってくるでしょう。

第一歩は話すこと。相談することです。信頼できる人に恥ずかしくても、心配でも相談して下さい。
隠されてきた問題に光が当たる、それだけですでに解決への大きな一歩を踏み出したことになるのです。
あなたにその問題を解決する力は無かったとしても話すことは出来ます。そして、話すこと・相談することはあなたの大切な責任です。

教会にも遠慮なくご相談下さい。子育て相談、教育相談、無料でお受けします。電話44-1728 kawanachurch@ybb.ne.jp
そしてぜひ礼拝に足を運んでみて下さい(^^)/
日曜礼拝 AM10:30-12:00 火曜礼拝 PM7:00-8:00

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2014年02月04日

子どもに夫婦関係の愚痴を聞いてもらうのは止めましょう

二週間前に「子どもはカウンセラーではありません」というタイトルのブログを書きました。今日はその続きです。

「子どもカウンセラー」が親から受ける相談のNO.1はなんでしょうか?ずばり、夫婦関係の悩みです...。夫・妻に対する親の愚痴を子どもカウンセラーはたくさん聞かされるのです。色々事情があるのは分かります。伴侶との関係で心を痛めて、名一杯で誰かに話さないではおられない気持ちがあるでしょう。
でも話すべき相手を考えなければいけません。以前にも書きましたように、子どもは自分自身の課題に向き合い成長していくことが仕事です。親の悩みを聞かせ同情させていると、親の気持ちにばかり関心を向けるようになり、肝心の自分自身に向き合えなくなってしまいます。

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今年度最後の伊東牧師司祭会、素晴らしい同労・同志の先生方と共に歩めたことを心から感謝します(^^)/
特に妻・夫に対する不満・悪口、それはすでに関係が終わってしまった仲であったとしても、成長過程にある子どもにぶつけることは良いことではありません。
気持ちは分からないではありません。でもやっぱり、親が子どもにパートナーの悪口(過去の伴侶であっても)を言うことは慎まなければなりません。なぜでしょうか。
仮に、親にとってはすでに「元夫」「元妻」であり他人であったとしても、子どもにとってはいつまでも「父」であり「母」である、この事実は非常に重たいことなのです。

自分自身のことを考えてみて下さい。良くも悪くも両親それぞれの影響を感じない人はいないでしょう。
人は両親があって生まれてくる。神様の定められた真に厳粛なご摂理です。
仮に母親が子どもに対して夫を否定する話しを頻繁にしていたとします。子どもは母親の思いに同情してくれるかもしれません。一緒に夫・父親を非難する言葉を発するかもしれません。
しかし、そうやって片親を非難している子どもは、自分の内にある非難している片親の影響を無意識に感じながら、自分自身の半分を否定することになってしまいます。
あなたが非難しているどうしようもないと思えるその相手が、我が子の父・我が子の母である。この事実は厳しいことですが、尊重し続けなければいけない親としての重たい責任です。

両親がお互いを認め合っている場合、子どもは自分の内にある両親それぞれの影響を肯定的に受け止めることが出来ます。しかし父が母を、母が父を否定するような状況があからさまに見えてしまうと、子どもの中で半分の自分がもう半分の自分を嫌悪する自己否定が起こってしまいます。これはとても苦しいことです。

パートナーとの関係に痛み傷ついているあなたの心はケアされるべきです。信頼できる相談者にぜひ話して下さい。教会は喜んであなたの話を伺わせて頂きます。
けれども、お子さんが父・母をどのように評価するか。それはあなたの夫・妻への評価とは別にお子さんが自分でなさることです。
自分の内にある父・母の影響、自分自身とも言える父・母をどのように評価し、整理し、乗り越えていくか。お子さん自身が、自分の人生の中でなさっていくことですから、親が方向性を示すことではないのです。

理想論でをあなたを苦しめたいのではありません。
お子さんの健やかな成長を願っていますし、あなたの力になりたいと思っています。
ぜひご相談下さい。子育て相談、教育相談、無料でお受けします。電話44-1728 kawanachurch@ybb.ne.jp
そしてぜひ礼拝に足を運んでみて下さい(^^)/
日曜礼拝 AM10:30-12:00 火曜礼拝 PM7:00-8:00


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2014年01月11日

子どもはカウンセラーじゃありません

人は一人では生きていくことができません。誰かの助けを必要としています。
何か専門的なアドバイスを受けるとか、教えを請うとか、そういうことではなかったとしても話しを聞いてもらうこと、悲しみや怒り・痛みを理解してもらうこと、慰めてもらうことを必要とする機会は誰にでもあるでしょう。
自分一人では受け止められないことを誰かに聞いてもらい共感してもらうことで助けられ、前に進むことができるのです。

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礼拝を担当するようになって11年が経ったキリスト教主義老人ホーム 伊豆高原十字の園。施設長の森さんはブログをご愛読下さっているそうで嬉しいです(^^)v

しかし誰に聞いてもらっても良いわけではありません。
まだ未成熟な子育て期間中の子どもに親の悩みや苦しみ・痛みを聞かせることを習慣化するのは決して良いことではありません。
ある局面において親の気持ち、また親の弱さを率直に子どもに伝えることが意味を持つ状況はあるのですが、それはあくまで限定的なケースです。子育て期間中に、日常的に親が子どもを良き相談相手、慰め手としてしまうことは子どもの心に傷を与えます。

「いや、家の子は私の悩み事を聞くのを苦にしていない。嫌ではないと言っている」とおっしゃるかもしれません。
確かに子どもは親の話しを喜んで聞いてくれるでしょう。他の誰よりも自分の痛みを理解してくれますし、深く同情してくれます。親子の精神的な繋がりは特別ですから、子は親の心を自分のことのように受け止める感性を持っています。言ってみれば最高のカウンセラーです。
だからと言って親が子を悩み事の相談相手として利用してしまうとどういうことが起こるでしょうか。

子どもの心は未成熟です。親のことを心配しながら、自分の人生にも責任を持つなどという器用さも余裕もありません。親の不安や問題、苦しみを我がことのように受け止める子どもは自分の人生に鈍感になります。
そして結果的にですが、親の気持ちに関心を持つことで自分の人生を回避する癖がつきます。
やがて様々な場面で自分から目を逸らすために人の人生に過剰に関わろうとする共依存性。もしくは、子ども時代に大人のように振る舞ってきた欠けを大人になって取り返すかのように他者に頼り切る依存性が現れやすくなります。

ですから子どもをカウンセラーにして親の心に関心を持たせるのではなく、自分の人生にしっかりと向き合うこと。悩みや不安、喜び希望、自分の人生に備えられた一つ一つの事柄に正面から向き合い十分に味わっていけるよう促すことが必要です。
そうやって自分の人生に責任を持って生きることを学ぶことによって、やがて成長し本当の意味で他者の痛みを知り、援助できる人間に成長するのです。

子どもはやっぱり親が大好きです。健気なほどに慕ってくれています。親が話さなくても子どもなりに親の苦労は分かっているんです。気遣ってくれているんです。
ありがたいことですよね。だから、それ以上を子どもに求めてはいけません。
では、どうしても辛いとき、苦しいとき、悲しいときどうしたらよいでしょうか。「身近に居て、話すのに手軽で、良く分かってくれる子ども、、、」ではなくて、ちゃんとあなたが相談すべき人を見つけましょう。
人に話すことは悪いことではありません。むしろ人生にはぜったい必要です。恥ずかしいとか、面倒とか、申し訳ないとか、そんなこと言わずに相談すべき人に責任を持って相談しましょう。話を聞いてもらいましょう。それが、あなたが子どものために出来ること。また、しなければならないことです。
子どもには全力で向かい合うべき自分の人生があるのですから!
繰り返しになりますが、言われなくてもあなたのことをとっても心配して気遣ってくれているのが子どもなんです。

あなたの抱える悩み、問題どうぞお話し下さい。
川奈聖書教会はあなたを、そしてあなたのお子さんの人生を応援しています(^^)/
44-1728 E-mail kawanachurch@ybb.ne.jp
http://www.geocities.jp/kawanachurch/

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