2014年05月30日

日常と非日常 子育てで大切なのはどちら?

決めることが苦手な方っておられるでしょうね。
例えばレストランに行ってメニューを決めるのにとても時間がかかったり、休日にどこに出かけるか決めるのに時間がかかったり、ちょっとした場面で中々決められなくて困っている方。(基本的にはゆっくり考えたら良いと思いますけど(^^♪)
そう言う方に、決めるのが早くなる魔法の言葉があります!

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6月14日14時から、世界的クラリネット奏者柳瀬洋さん、ピアニスト柳瀬佐和子さんをお招きしてのチャペルコンサートを開催します。入場無料です!ぜひ足をお運びください。

あなた自身が決断を苦手としているならば、決断を迫られる場面で「今日は、どうしようかな」とつぶやいてみて下さい。もし周囲の方が決めかねているのならば「今日は、何にする?」とさりげなくささやいてあげて下さい。「今日は」をさりげなく強調して繰り返していると、案外効果があるものです。

なぜ「今日はどうしようか」が決断の苦手な方への魔法の言葉になるのか。
決断が苦手な方というのは、一つの出来ごとに過度に思い入れてしまう傾向があります。
例えば人生で何度も行けないような高級レストランに行ったとして、誰でもそうやすやすとメニューを決められないでしょう。もう二度と来られないかもしれない特別な機会、失敗したくないと思うと決めることは簡単ではありません。
ちょっとした日常生活の中で考え込んでしまう方というのは、一つ一つの出来事を“二度といけないレストラン”のように過剰に受け止めて「今日しか」と考えてしまう傾向があります。
ですから「今日は」と声をかけることで「次がある」ことを無意識に確認することでプレッシャーを和らげることが出来るのです。

子育ての中で子どもに与えるべき重要な感覚とは、今日も昨日と同じように楽しい一日がある。明日も今日と同じように楽しい日が待っている。そういう日常の中にある安心感、充足感を持続させることです。
逆にどんなに楽しい特別な日があったとしても、明日がどんな日か分からない。明日は最悪の日かもしれない、そういう不安定さの中では子どもの心は健全に成長することが難しくなってしまいます。

一つぜひ覚えて頂きたい子育ての法則は「日常>非日常」です。親の立場からは、どうしても、普段十分に関わってあげられないなどの負い目を特別な日の特別な時間でカバーしたいと考えます。たまのお出かけを子どもは表面的には喜ぶでしょう。
しかし、子どもさんの健全な心の成長を考えた時には何気ない、でも温かい毎日の生活が持続することの方が、普段寂しさや緊張感を持っていてポツポツとSpecial Dayがあるよりも遥かに良いのです。

日常に寂しさや痛みがありSpecial Dayでカバーするパターンが定着してしまうと、特別な日や出来事に対する執着が強くなってしまい、普段の生活の欠けを特別な出来事で満たそうとして、過度に何かに思い入れてしまいやすくなります。
そういうご褒美を求める生き方が始まってしまうと、今目の前にある喜びや幸せが感じられなくなって益々心が枯渇してSpecial Dayに依存する悪循環に陥ってしまいます。

子育ての中で特別な体験、過度の喜びと言うのは親が思う程の意味を持ちません。それよりも、何気ない日常の中で与えるべき物を与えていくこと。
これは現代社会の忙しい生活の中では本当に難しいことで、私自身も決して模範的と言えないのですが、しかし目をそむけてはいけない課題です。
つまり「今日しか」ではなく「今日は」という発想が出来る心を育てていくことが大切なのです。
それは子育てだけではなく、私たち大人の毎日の生活にも言えることなのだと思います。特別なご褒美が無いと頑張れない生活に陥らないように。毎日の生活の中で、必要な物をちゃんと自分自身に与えてあげられる、そういう生活のリズムを作っていきたいですね。

あなたの掛け替えのない人生を応援している、川奈聖書教会 牧師の山口でした。
http://www.geocities.jp/kawanachurch/


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2014年05月02日

子どもの感情に寄り添う子育て

心の安定というのは大切なことです。感情の起伏が一定の範囲を超えてしまうと日々の生活・人間関係に支障が出てしまいます。
どのようにお子さんの情緒を安定させていくか、子育ての重要な課題です。

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子どもさんの情緒の問題に関わる時に、大きく分けて二つのタイプの子どもさんがいらっしゃるように思います。
一つ目は、感情が常にある一定の方向に向きやすいお子さんです。イライラ、悲しくなる、不安になる等々、何か一つの決まった感情に繰り返し陥ってしまうお子さん。
もう一つは様々な感情が入り乱れて落差の大きいお子さんです。今日はとても機嫌が良い、今日はものすごく落ち込んでいる、今日はハイテンションで活動的、とその時々で感情の向かう方向性が大きく変わってしまうお子さんです。
それぞれのタイプで若干課題が異なってくるように思いますが、どちらの課題に対しても今日の話しは基本的に有効だと思います。

子どもさんに限った話ではありませんが、情緒を安定させていくためには共感されるという体験が非常に重要なります。
当教会で2カ月に一度くらい読み聞かせ会を行っています。(次回5月10日 13時半〜15時)
楽しい本ばかりでなく切ない本、悲しい本など色々な本を子どもたちに読み聞かせています。そうやって、子どもたちを中心に集まった2〜30人の方々が一緒に一つの話しから喜び、悲しみ、切ない感情を共有するのです。
例えば愛する人の死について、子どもさんにとってそれは悲しみに留まらず恐れや恐怖にさえなります。しかし、絵本の中で主人公が体験する近親者の死の悲しみを皆で共有する時に、子どもはそのような悲しみ・痛みの感情を受容していく力を得ていきます。
このように感情を共に味わってくれる人の存在によって、様々な感情を受け止めていく心の力をつけていくのです。

心理学では「情動調律」と言いますが、子育てにおいて子どもさんの心に共感する時間はとても大切です。
調律と言えば直ぐピアノの調律を思い出します。基準となる正しい音に合わせてピアノの弦を一本一本調整して行くのが調律です。同じように、お子さんの持つ様々な感情に親の感情を揃えることを「情動調律」と呼ぶのです。
子どもたちなりに色々なことを日々経験する訳ですが、そういう中で生じた子どもの感情に親が自分の感情を揃えること。共感すること。
そのようにして自分の情緒に共感されることによって、子どもは自分の中に生じる様々な感情を受け止め、コントロールする力を身につけていきます。情緒が安定していくのです。

情動調律と言われると何か難しいことのように思いますが、ちょっとしたことの積み重ねです。
例えば上に載せた写真。恥ずかしながら、私が6歳の娘と一緒に作ったそぼろ卵かけご飯です!?先日、夜の予定が大雨でキャンセルになったので、その時間で娘と何かしようと思って作りました。
ご覧の通り私工作などは苦手なので折り紙ちぎる程度しか…。でも、こんなことでも娘はとっても喜んでくれました(^^)/
何かを一緒に楽しむことの中で、自然と情動調律の機会を得ることが出来ます。
上記のように、本を読み聞かせるということもとっても貴重な時間です。

ただ一緒に居る時間が多ければ良いという訳ではありません。何かを一緒にする時間があっても、逆にお子さんの心を親御さんに合わせて調律してしまうようなことでは逆効果です。
まずは、子どもさんと一緒に楽しめるちょっとした時間の中で、お子さんの心に寄り添ってみる、そんなことからはじめてみませんか。

当教会には様々な子どもさん向けのプログラムがあります。
教会学校、教会塾、ピアノ教室、読み聞かせ会、どれも情動調律の機会としてお子様方一人一人の思いに寄り添い支援させて頂いております!
教会学校 毎週日曜日9時15分から10時半:毎週10〜15名くらいの子どもたちが集まってきています。
また教育相談、子育て相談、随時お受けしています。気軽にご相談ください。
Tel 44-1728 Email kawanachurch@ybb.ne.jp


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2014年04月19日

親だって助けを必要としている

子どもたちが犠牲になる痛ましい事件は今や報道で耳にするだけではなく、皆さんの身近でも様々に起こっているのではないでしょうか。
辛い状況に置かれているお子さんに接する時に私たちがしばしば感じることは気の毒な子どもさんへの同情と共に親御さんに対する怒りかもしれません。
けれどもどんなに深く子どもさんに同情し愛情を持って関わったとしても、親御さんに怒りを燃やしてしまっては中々有効な援助をすることはできません。

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例えば自分の子どもが教会でどんなに大切にされていたとしても、当の親が自分は教会から嫌われているとか非難されていると感じるならば、我が子を教会に送りたくはなくなるでしょう。
子どもさんを愛するということは、その子どもの親御さんをも愛する思いが無ければ機能しないのです。

よく聞く話しですが、子どもの問題行動が顕著になり親御さんが相談所などに行くと、相談員の方から子育ての問題を手厳しく指摘されて帰ってくるということがあるようです。
子どもさんの問題の原因を見つけることはそんなに難しいことではありません。例えば“親の子に対する愛情不足”“一緒に過ごす時間の不足”などなど、ある程度経験のある相談員であれば子どもさんの問題からその原因を見抜くことは容易です。でも、正解を出せば問題が解決する訳ではありません。何の役にも立たない正解って沢山あるのです。

家族療法の中で「直線的認識論」と「円環的認識論」という考え方があります。 仮に娘さんが母親に対して極度に依存的で様々な問題が起こり、困った母親が娘の相談をしに来たとします。そうした時に、直線的認識論で娘さんの問題を考えると想定される原因の一つは「母親の過保護、過干渉」でしょう。
でもこの推測が当たっていたとしても恐らくこれは“役に立たない正解”に終わるだろうと思います。正しい原因を指摘されてもお母さんには何の変化も起きないのです。

一方、円環的認識論で考えた時にお子さんの問題の原因として「母親の過保護・過干渉」は結論にはなりません。更にもう一歩踏み込んで、ではなぜ母親が娘に対して過保護になってしまうのかを考えるのです。
そこで次に見えてくるのは、母親とその夫の夫婦関係の問題であるかもしれません。夫婦の間に大きな溝があって母親は妻としての寂しさを抱えている。そこで本来夫に向うべき感情が行き場を失い、母親の寂しさが娘への過保護・過干渉に繋がっている。
そうすると、子どもさんの問題というのは直接的に子どもさんにアプローチするよりも、むしろ親御さんの夫婦関係を修正することで結果として解決していくことだと見えてくるのです。
そうした時にお子さんの問題よりも、お父さん・お母さんの夫婦関係の修復を援助したりその痛みに耳を傾けたりという関わりが優先されるのかもしれません。

家族の問題に関わらず、私たちは何か受け止めがたい出来事があると直ぐ直線的認識論によって犯人捜しをし、犯人を徹底的に非難して正義を晴らしたかのように錯覚します。でもそれはあまり意味のないことです。
犯人を見つけ、意味のない正解を突き付けて憂さ晴らししても、それでは何ら苦しんでいる方の力にはなれません。苦しんでいる本人だけでは無い、その周囲に居る方々をも愛し受容しサポートしていくことの中で、結果として問題が少しずつ解決に向かっていくということが起こるのです。

もしかして、支援を必要としているのはあなたのお子さんではなくあなた自身なのかもしれません。
川奈聖書教会の「子育て 教育相談室」は子どもさんの問題解決だけではなく、相談下さる親御さん自身を支援させて頂きます。
40年近い教師歴を持つ浦島さんと牧師山口が全力であなたを応援します!
気軽に連絡下さい(*^_^*)
Tel 44-1728 Email kawanachurch@ybb.ne.jp

posted by pastoryama at 14:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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