2014年07月11日

幸せに値する存在だと信じていますか?

子育てにおいて、どこかで親は「子どものことは親の私が一番分かっている」と思っているものです。
けれども、案外そうも言いきれない所があります。
聖書の中にイエス・キリストがご自分の郷里に戻って伝道された場面が出てきます。どこに行っても尊敬を集めていたイエスでしたが、郷里ナザレの街においてだけは人々の反応が違ったのです。
歓迎されなかった訳ではありませんが、人々はイエスの言葉を敬意を持って受け止めることが出来ませんでした。「小さい頃から知っているイエス、立派になったイエス」という反応。つまり「あのイエス君が立派になって」というようなことでしょう。
ナザレの街の人々はイエスを幼いころから知っていたのです。そういう「自分たちはあの人を知っている」という先入観が邪魔をして、イエスの教えの新しさに目を開かれなかったのです。

10469674_648752921884405_6740680166037925486_n.jpg
先日桜の里で行われた青空市で相棒ゼイさんと演奏してきました。ステージでも歌いましたがリハーサル替わりにのんびり演奏していたこっちの方が自分たちらしくて良かったと、これが二人の共通した結論でした。自分の個性を大切にしたいと思います。。。

こういうことが子育てにおいても起こります。
「家の子はこういう子」と親が子を決めつけてしまうことの中で、子どもさんが持っている可能性、成長の余地を見出せず親が考える限界の中に子どもを押し込めてしまうのです。
一方で、ほとんど面識の無い人が、子どもの可能性をスッと見抜いて導いてくれる。「この子にこんな一面があったとは!」そういうことがあるでしょう。 

以前参加していたある精神科医の先生の勉強会で「それ程経験を積んでいない若い医師が、経験を積んだベテラン医師が驚くような治療成果をあげることがある」と言う話しを伺いました。
その先生がおっしゃるのは、精神科医が経験を積み重ねると“この患者さんがどのくらい回復するか”早い段階で大体の予想がついてしまう。そうすると結局、医師が見込んだ程度までしか回復しないと言うのです。
しかし若い医師には経験に基づく予想が立たないゆえに、何とか出来ないかと精一杯関わり結果としてびっくりするような回復に繋がることがある。
こういうことは様々な分野において当てはまる先入観の弊害を教えているように思います。

「幸福になりたくないと考えている人はいないが、自分は幸福に相応しくないと考えている人は多い」とある心理学者が言いました。
幸福を求めながらも、一方において“自分は幸福に相応しくない、自分の人生はこの程度だ”と見切りをつけている人はとても多いのです。
このような思いに囚われてしまうことの原因の一つとして、虐待をあげることができます。
家庭において親から虐待を受けてきたお子さんは、“自分はそのように扱われるのが相応しい人間だ”と思いこんでしまいます。
虐待を受けた方が成人した時に、暴力をふるうパートナーを選びやすい傾向があると指摘されますが、それは無意識に自分が思いこむ自分のイメージに相応しい相手を選んでしまうからです。
毎日のように起こる親の夫婦喧嘩、愛情の欠如など辛い環境で育つお子さんは、自分に相応しい生活環境とはこのようなものだと受け止め、結局そのような自己像に見合う環境を常に作り出してしまいます。
どんなに幸福を求め、幸せな家庭・結婚を求めても、自分には相応しくないと思っていては現実は違うものになってしまうのです。

あなたが思い込んでいる自分、「自分なんか」というその思いを変えていかなければいけません。人生は結局、自分がイメージしている自分に相応しいものにしかならないのです。
聖書はあなたが神の目に掛け替えのない、代えのきかない、世界にたった一人の大切な存在であると教えています。この新しい事実を染み込ませて行く時に、結果として私たちの人生は必ず変わっていきます。
自分とは何者か。自分の価値とは。自分は幸せになるに値する人間なのか。そういう自己像を聖書を通して問い直し、考え直してみませんか。

川奈聖書教会はあなたの掛け替えのない人生を応援しています。
日曜礼拝 朝10時から12時 火曜礼拝 夜7時から8時 何の準備もいりません。どなたでもお越し頂けます。
牧師とお話ししたい方はE-mail kawanachurch@ybb.ne.jp 44-1728 気軽に連絡下さい!

posted by pastoryama at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック