2013年12月23日

東京に向かうあなたへのエール

先日運転しながらラジオを聞いていると、クリスマスの思い出ということでリスナーからのお便りが紹介されていました。その中に、何年も前のクリスマスの思い出として、以前交際していた恋人との関係についてこんなことが読み上げられていました。

とっても大好きだった彼との関係が、クリスマスの前にひょんなことから破たんしてしまった。ちょっとした誤解だったのだけれども、その時は意地になってしまい相手を許すことができず別れてしまった。
けれども、今でもその人のことを時々思い出す。そして、もしあの時彼と別れていなかったら私の人生はどうなっていただろうか、と考えてしまう。
そんなメッセージでした。
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ラジオのお便りに一々目くじら立てるのもどうかと思いながら、しかし私はその投書をロマンチックなストーリーとして聞くことはできませんでした…。

私たちの人生には確かにターニングポイント・岐路と言える場所があると思います。
そして、後で振り返ったときに「もし別の道を選択していたらどうなっていたか」と考えたくなることはあるでしょう。
自分の選択だけではありません。誰かの影響によって、特にも不本意な事柄の中で心ならずも...、そういうことが自分の人生のターニングポイントになってしまったとするならば、整理することが難しいのは当然のことでしょう。
「もしあのことがなければ」「もしあの人がいなければ」、そうやって何年でも、何十年でも抱え続けてしまう痛みがあります。
けれども一方で「良い」と思えたことが、後になって悪い出来事に変わることがありますし、逆に「悪い」と思えたことが、後で良い経験に変わることがある。これが人生です。
つまり私たち人間には、その時その時に起こる出来事の良し悪しは判断できないのです。
ただひとつ、はっきりとした人生における不幸があるとしたら、それは「悪い出来事」と判断された事柄が5年たっても10年たっても20年たっても、なお「悪い出来事」のまま変わらずにその人の人生に置きっぱなしにされることです。
そして何か辛い時に、苦しい時に、その場所に戻って「あのことのせいで私の人生は」と愚痴ってしまう。

しかしそうやって、事あるごとに不幸な過去の出来ごとに逃げ込んでしまう人生は積み上げられていきません。10年前に起こった不幸を、今でも辛いことがあると「あの時のせいで」という人は、結局10年間同じ場所で足踏みを続けているということです。
「あの人と結婚したせいで」「あの時会社が倒産したせいで」「あの時、あちらの道を選んでおけば」、そうやって私たちが振り返ってしまう、逃げ込んでしまうその場所から私たちの人生は一歩も前には進んでいないのです。 
悪い出来事を、悪いことのまま放置する人生の不幸とはこういうことです。

今回のあなたの選択があなたの人生を決めるのではありません。
大切なことはこの選択を、また過去に起こった様々なことを逃げ場所にしないこと。
クリスチャン詩画家の星野富弘さんが「悲しみの意味」という詩を読みました。
「冬があり夏があり、昼と夜があり、晴れた日と雨の日があってひとつの花が咲くように、悲しみも苦しみもあって私が私になってゆく」

東京に移る人生のこの転機も、あなたが益々あなたらしくされていく大切な人生の時だと私は思っています。だから、前を向いて進んでいってください!これからも応援しています(^O^)/
牧師 山口

posted by pastoryama at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 番外編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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