2013年12月16日

影響力のある言葉を発するために

小言は子育てしていると“いけない”と思いながら、中々止められないものですね。
小言とを辞書で引くと「細かいことをいちいち取り立ててしかること。また、その言葉。」だそうです。私自身も子育て中の親として耳が痛いです...。

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小言の一つの問題は、常時細かいこと・小さいことにガミガミ言っていると、いざ「これは重大」と思って注意した時に効き目があらわれないことです。
細かい事柄について日常的に注意を受け続けていると傾向として、細かい事柄に神経質と思える程注意深くなる一方で、周囲の人が唖然とするような大きな問題に対する無頓着が現れます。
大雑把な人は細やかな場所が行き届かなくても全体としてはバランス感覚に優れるという長所が現れやすく、一方細かい人というのは逆に全体としてみるとアンバランスを抱えていることが多いです。細やかにあれこれ気を使っているので、逆に注意力が散漫になる落とし穴がぽっかりどこかに開いてしまうのです。
つまり、人間が注意出来ること、気をつけられることには限界があるということです。

ですから、子育ての中ではやはり気になったことを片っ端から注意するのではなく、本当に気をつけて欲しいこと。子どもが成長していく上で欠かすことが出来ないと思える事柄と、そうではないことを取捨選択することが必要です。
特にお子さんが大きくなって来た時には、ドンドン親の言葉を受け入れる余地が少なくなります。お子さんが受け止めてくれる僅かな場所を小言で使ってしまうのは勿体ないですね。
お子さんに親として伝えたいこと、大切にして欲しい場所を、親自身の内でまず明確にしておく必要があるでしょう。

これは子育てに限ったことではありません。言葉に影響力を持つためには言葉の無駄遣いをしないことです。
「あの人が発する一言は重たい」そういう経験ってありますよね。小言など普段言わない人が、何か静かに一つの注意を口にするとその言葉が大変な影響力を持つのです。
例えば往年の名指揮者がほとんど体が動かなくなって、腕も満足に上がらないような状態でしかし名演奏を生み出すことがあります。それは、ホンの僅かな動きが逆に際立って肝心要の場所で大きなメッセージが伝わるからです。

一方で日頃から細かいことにあれこれ言っていると、いざという時に「またいつものあれか...」と耳を傾けてもらうことが出来ません。そうすると今度は、普段よりも更に大声を出したり、汚い言葉・威圧的な言葉を使ってことの重大性を表さないではおられなくなってしまうのです。
仮にそうやって人を動かすことが出来たとしても、関係性は壊れてしまいますし、不満が蓄積されてしまい後々必ず行き詰るでしょう。

人間が注意力を働かせることが出来る範囲には限界があります。親として子どもに与えられる影響力にも限界がありますし、子どもの成長と共に影響力はドンドン低下します。
集団の中でも同じです。健全な関係性の中で及ぼすことが出来る影響力はそれ程大きなものではありません。もしずば抜けて強い影響力を持っている人がいたとしたら、それはその人の振る舞いの中に大声や威圧的な言葉など不適切なものが含まれている可能性があるでしょう。
健全な関係性に留まりながら、限られた中で影響力を及ぼしていくことを考える時に、子どもに対して、隣人に対して、集団に対して、あなたが伝えたいこと。伝える責任があることを整理しておく必要があります。
いや、整理する前に自分にとって大切なものが何であるかをしっかりと弁え、そこに立って生きていることが必要です。自分自身の価値観が曖昧だから、あれこれ構わず口出ししてしまうのかもしれません。

子育てにおいて大切なことは、親自身が人生において価値あるものが何であるかをしっかりと弁えていること。そしてその価値観に相応しい人生を目指して生きていることです。
ぜひ教会に足をお運びください。聖書には本当に大切なものが何であるかがちゃんと書いてあります!
電話44-1728 kawanachurch@ybb.ne.jp
礼拝はどなたでもお越しになることが出来ます。
日曜礼拝 AM10:30-12:00 火曜礼拝 PM7:00-8:00


posted by pastoryama at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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